第3回:鴻之舞のコン吉

もっとも多い時で1万6千人が暮らしたまちに今はだれも住んでいない。小学校、中学校、病院、派出所、映画館、火葬場まであったこのまちは、煙突一本を残してすべて取り壊され夏草が生い茂る丘陵地帯になっている。

北海道紋別市にある鴻之舞地区。金山として東洋一の生産量を誇り、戦前、戦後にかけて日本全国から人が集まりこのまちに暮らした。紋別市中心地との間には鴻紋軽便鉄道が敷設され、人荷の流れを作った。鴻之舞地区には「世話所」が設けられ、同地区へ人の出入りを管理していた。同地区の治安はよく、酒酔いのトラブルを避けるため飲食店は1店舗だけ。小売店舗も会社側が営業し、給与天引きの付けが利く店舗ばかり。商店街とは言いにくい、工場の購買部のような有様。全長13kmに及ぶ広大な内陸部に、多くの住宅が並び、紋別市役所の支所、警察・消防、教育機関などの公的施設、神社仏閣まで備え地域をあげてお祭りを行っていたのであたかも一つの自治体のように捉えられるが、実態はとても大きな鉱物採掘工場だったのかもしれない。

昭和48年に鉱源枯渇により57年に及ぶまちの歴史を閉じる。石油危機が勃発した年であるため鉱山労働者の雇用について議論となったが、まちから人がいなくなりすべての建物が解体されることを問題とすることがなかった。閉山後あっという間にまちは消えてしまった。

鴻之舞を訪れたら、すがすがしい北海道の丘陵地帯の中から、当時の人びとの暮らしと建物を”霊視”しなければならない。車を止めて鴻之舞の風を感じていたら、野良ぎつねのコン吉が現れた。訪問者から食べ物をもらうことが多いのだろう。上目づかいですり寄ってきたが、食べ物の持ち合わせはなかった。コン吉には残念なことをした。

私自身は紋別市内で海産物を堪能した。オホーツクの人はホタテの味を海岸別に言い当てることができるそうだ。私には無理である。ただただおいしかった。
鴻之舞の今
まちの名残は全く感じない
コン吉の立ち姿
本当の名前は知らない
オホーツクの幸
一日3皿限定のタラバガニ
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